電力業界 禁止ウラン輸入

国連決議破りナミビアから吉井議員追及

政府が調査を約束

衆院内閣委

 国連決議でアフリカのナミビアから天然資源の持ち出しが禁止されていた時期に、日本の電力業界がひそかに、原発の燃料のウランを輸入していた――。原子力基本法の「自主・民主・公開」の大原則や国際ルールを踏みにじる電力会社、国の不正疑惑を三十日、日本共産党の吉井英勝議員が衆院内閣委員会で明らかにしました。政府は「疑惑を持たれることがあってはならない」と、真相解明の調査を約束しました。

 吉井氏は、資源の持ち出しが禁止されていた一九七〇年代から九〇年ごろまでのウラン輸入実績を電力各社の内部資料などで提示。南アフリカのナフコール社やナミビアにウラン鉱山を所有する英国のRTZ社などと、日本の各電力会社との取引実績などを示しました。

 内部資料によると、取引実績があるのは、東京電力、関西電力など九電力。東京電力は九〇年までに最大の八千九百トン(ウラン換算)などのナミビア産ウランをRTZ社経由で購入しています。ナミビア産ウランの輸入は「国際的な取り決め違反の密貿易のたぐい」と調査を要求しました。

 細田博之科学技術担当相は「できるだけ(吉井議員の)意向にそって、調査をしたい。経済産業省に対して照会する」と答弁しました。

 吉井氏はさらに、「電力会社と通産省(現経済産業省)が一体となって『南ア制裁』の国連決議を無視して進めてきた。東京電力の不正事件の内部告発を二年間隠してきたのと、同じ構図」だとのべ、内閣として調査・報告するよう求めました。

 福田康夫官房長官は「この問題について所管の官庁がしっかり対応すべきと思う。所管の官庁と業界が疑念を持たれることがあってはならない」と述べました。

〔表−ナミビアのウラン鉱石を購入する際の相手企業との契約一覧表〕

電力
契約日
契約先
形態
契約量
引取期間
〜90年実績
北海道
73年12月
ナフコール
U3O8
550STU3O8
78年〜83年
550
74年4月
RTZミサ
U3O8
690STU3O8
83年〜88年
688
東北
72年11月
ナフコール
U3O8
1400STU3O8
76年〜89年
1400
70年7月
南ア住商
UF6
200STU3O8
72年〜73年
202
77年9月
RTZ
UF6
1200STU3O8
78年〜89年
1202
東京
71年1月
RTZ
UF6
8900STU3O8
−年〜−年
8900
74年4月
RTZ
U3O8
15000STU3O8
−年〜−年
4750
中部
72年12月
ナフコール
U3O8
1300STU3O8
75年〜78年
1299
77年8月
RTZミサ
UF6
3965STU3O8
77年〜88年
3965
関西
75年8月
ナフコール
UF6
6074
76年2月
RTZミサ
UF6
5924
中国
72年7月
RTZミサ
UF6
3000STU3O8
77年〜90年
3000
72年8月
ナフコール
U3O8
1500STU3O8
76年〜95年
1250
四国
73年3月
RTZ
UF6
407STU3O8
76年〜79年
407
九州
71年11月
ナフコール
UF6
550STU3O8
76年
550
73年4月
ナフコール
U3O8
921STU3O8
77年〜85年
921
78年1月
ナフコール
U3O8
386STU3O8
79年〜80年
386
77年9月
RTZ
UF6
2704STU3O8
77年〜89年
2704
日本原電
77年11月
ナフコール
U3O8
116STU3O8
78年
116
ガス炉
78年10月
ナフコール
U3O8
232STU3O8
80年〜82年
232
80年10月
ナフコール
U3O8
386STU3O8
83年〜87年
386

※1 NUFCOR 南ア共和国、ウラン鉱山未所有、 U3O8の形で取引、
ナフコール UF6転換施設未所有
※2 RTZ社 英国、ナミビアにロッシング鉱山所有、 U3O8の形でで取引
UF6転換施設未所有
※3 RTZミネラルサービス RTZの子会社、スイスに作ったぺーパカンパニー

〔内閣委員会提出資料〕−ナミビアからのウラン購入問題に関わって
  「ナミビアに関する国連決議等」

※ 外務省アフリカ第2課提出資料と国連決議等より作成

1920年 国際連盟は、南ア連邦を南西アフリカ(ナミビア)の受任国とする
委任統治にすることを決定。
国際連合は、南西アフリカを国連の信託統治制度下におくことを
決めようとしたが、南アが拒否して、南西アフリカ(ナミビア)の統治を続行。
南アは、ナミビアでもアパルトヘイト政策を実施┳ナミビア問題
1945年 国連総会決議 2145号 「ナミビア独立に向けて」
1966年 国連総会決議 2145号 「ナミビア独立に向けて」
1967年 国連総会決議 2248号 「ナミビア理事会設立」

2248決議に基づく「ナミビア理事会布告」  (要旨)

  • 理事会の同意、許可なしにナミビアの天然資源を探査、試掘、
    販売、輸出、分配はできない。
  • ナミビア領域内で産出する天然資源を運搬する車両、船舶、
    コンテナは、理事会(権限与えられた個人)によって、捕獲、
    没収手続きに服するべきである。
  • 没収されたものは、ナミビア住民の利益のために信託下におかれる。
    将来ナミビア独立の際、布告違反の団体、個人には損害賠償責任がある。
1969年3月 国連安保理決議
264号
「ナミビアからの南アの即時撤退」
1969年8月 国連安保理決議
269号
「南ア非難と即時撤退」
1970年1月 国連安保理決議
276号
「総ての国に南アとの取引禁止」
1971年10月 国連安保理決議
301号
「ナミビア独立に向けての国連の取り組み」
1973年12月 国連安保理決議
342号
「南ア共和国のナミビアに対する接触禁止」
1973年12月 国連総会決議
3111号
「ナミビアのSWAPOの行動を支持」
1974年9 月 国連安保理決議
「ナミビアの天然資源に関する法令」
1974年12月 国連安保理決議
366号
「南アのナミビアからの撤退期限通告」
1977年12月 国連安保理決議
421号
「南ア制裁委員会の設置」
1978年5月 国連安保理決議
428号
「南ア非難決議」
1978年9月 国連安保理決議
435号
「UNTAG=国連ナミビア独立支援グループ−を設立する」
1989年4月1日 国連安保理435号決議の実施を開始=UNTAG活動開始。
1989年11月 ナミビアで制憲議会選挙。SWAPO(60年に設立された中心的な民族解放団体
=南西アフリカ人民機構)が過半数を獲得。
1989年 南ア共和国でデクラーク大統領当選。アパルトヘイト政策廃止。民主化。マンデラ氏出獄。
1990年2月 ナミビアでヌジョマ初代大統領選出。
1990年3月21日 ナミビア独立。
1994年 南ア共和国でマンデラ大統領選出。残る占領地をナミビアに返還。
1994年5月 国連安保理決議 919号 「南ア制裁解除」