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162国会 衆院厚生労働委員会 2005年7月20日
○西副大臣・・・・・・西 博義・厚生労働副大臣
○森山政府参考人・・・森山 寛・厚生労働省労働基準局労災補償部長
○青木政府参考人・・・青木 豊・厚生労働省労働基準局長
○滝澤政府参考人・・・滝澤秀次郎・環境省総合環境政策局環境保健部長
○吉井委員 日本共産党の吉井英勝でございます。
日本共産党は、山原健二郎議員が一九七二年の六月七日の委員会でアスベストと肺がんについての質問をして以来、国会審議の中でアスベストの禁止とそして安全対策を主張してまいりました。
それでは、七〇年代から石綿による中皮腫やがんで労災認定した人が年度別に何人になるのか。実は、これは全国の労基署の持っているデータを中央の方で全部集めてきちっと整理すればすぐわかるわけです。私は七月の五日の日に七〇年代から毎年どれだけの人を認定してきたのかと求めてきたわけですが、毎年の、きのうまでのところでは、八〇年代以降はわかるのだが七〇年代はわからないということなんですが、七〇年代の数もきちっともうつかめていますか。まずこれを伺います。
○森山政府参考人 労災認定の件数でございますけれども、昭和五十四年以前につきましてはまとめて十九件ということでございまして、五十五年度以降につきましては各年度ごとの数字を把握しているところでございます。
○吉井委員 実は、きのういただいたのでは、八〇年度以降は毎年で、それは今おっしゃったようにないというのですけれども、しかし、「病理と臨床」という雑誌などで厚生労働省の産業医学総合研究所の方が出していらっしゃる論文の中などを見せていただいても、七〇年代もちゃんと出ていますね。グラフ化されているわけですよ。これを見れば、七〇年代に労災認定したアスベストによる死亡者の方が出ていて、八〇年代からふえていって、そして特に九五、六年ぐらいからぐんと非常に急峻なカーブを描くようにふえていっているわけですよ。
だから、私は、アスベストの問題を議論するときに、まず全体像をつかむ、被害の実相をきちんと明らかにするということが出発点だと思うわけです。それが、七〇年代について今のようなお話では、本当にこれは困ったものだというふうに思うわけです。
いずれにしても、七〇年代から日本のアスベストによる死亡を労災認定しているわけです。しかも、全体として増加傾向にあることはデータを見れば読み取れるわけですから、そうすると、アスベストは死に至る危険な物質だという認識を厚生労働省は持つことができたわけですね。そういう立場にあったわけですが、危険な物質だという認識を持ったのはいつからですか。
○青木政府参考人 石綿につきましては、非常に危険だということで、さまざまな対策を講じてきているわけでありますけれども、特に石綿を取り上げまして対策を講じましたのは、昭和三十五年にじん肺法が制定された際に、じん肺として、じん肺健診の義務づけをしたということでございます。今非常にお取り上げになって問題になっておりますのは、昭和四十七年にILO、WHOが、石綿ががん原性物質だということがそれらから公表をされました。ということでありますので、その四十七年より前の四十六年に特定化学物質等障害予防規則で、いろいろな、排気装置の設置を事業主に義務づけたり、容器への表示を義務づけたりいたしましたけれども、このがん原性ということに関しましては、四十七年を受けて昭和五十年に吹きつけ作業の原則禁止などをいたしておりますので、そのころかと推察をいたします。
○吉井委員 七一年から危険だという認識を持って、それで特に七二年にILOの今おっしゃったように石綿による職業がん公認ですね、公認しているわけですから、そのときから危険な物質だということを認識すれば、もっと、対策もそうなんですよね、まずデータをきちっととることが当然のこととしてなされなければいけないのになされていないというのは、本当に出発点からして、私は、大変な誤りといいますか、立ちおくれといいますか、重大な問題を抱えていたということをまず指摘しなきゃいけないと思うんです。
七月四日に、私、クボタの本社へ行きまして、七月六日にはニチアスの本社の方へ山口富男議員とも一緒に参りましたけれども、そこで、事情を聞くとともに、一人一人の認定を受けた方について、入社時期、勤続年数、どんな職場か、何歳のときに労災認定したか、死亡時期と年齢とか、きちっとしたデータをまずいただきたいと。そうしたら、ちゃんと整理してくれたんですね。これはニチアスの方からもらいましたけれども。固有名詞、もちろん私は要らないですから、個人情報保護にひっかからないわけです。ちゃんともらっているんですね。
それで、これはこういう資料を個々の企業も出してくれるわけです。厚労省の方は、七〇年代以降の労基署でのデータがきちっとあるわけですから、これは整理すれば、直ちに全国の、アスベストによってがんになり、中皮腫になり、お亡くなりになった方の勤続年数はどうだったかとか、きちんとしたデータが出るはずなんです。私はそれを明らかにするようにというのを求めているんですが、一向に出てこないんですけれども、これはきちんと整理して、つくられますか。
○青木政府参考人 ちょっとにわかに、資料状況は今、現に把握をしておりませんので、お答えはしかねますけれども、おっしゃるように、実情というものをきちんとつかまえるというのは大切だと思っております。いろいろな対策を講じる上での基本的なアプローチの仕方だと思います。
そういう意味でも、私ども、労災認定をされました人たちに係る事業場について、それぞれ個別に立入調査をして、実態調査をしたいと思いますし、その後の状況、それからもし、まだ石綿等を取り扱っているとすれば、それの管理状況等もあわせて調査をしたいというふうに思っております。そういうことで、具体的な指示ももう既に発しているところでございます。
なお、昔のことについては、確かにおっしゃることもそうなのでございますが、例えば八〇年代の数字でも、昭和五十五年から八〇年代ということでしょうが、五十五年は、石綿による肺がん、中皮腫、こういったものの合計が一人でございますし、五十六年が二人、五十七年、七人、五十八年、四人というような状況で推移をして、以後ずっと、委員御指摘のような、九〇年代に入って二けたになり、それがさらに、次のサイクルではまたふえ、確かに八〇年代以降をとってみても、急増しているというのは確かでございます。しかし、七〇年代のところは、そういうことで状況が明確にできるかどうかは、ちょっとわかりかねるところがございます。
○吉井委員 これは今、急に言っている話じゃなくて、あなたの部下の方には、ちゃんとこのニチアスの資料もお見せして、こういうふうに企業だってやっているんだからやりなさいということを言っているんですから、直ちにこれは取り組んでいただきたいと思います。
きょう、お手元に資料を配らせていただいております。資料一、これはニチアスの資料を整理して私がつくったものなんですが、ニチアスの方で石綿使用量がどう変わっているかは折れ線グラフです。見事に石綿使用がふえるに伴って、あなたは八〇年度は一人とかいう話ですが、そうじゃないんですね。七六年でも二人、一九七九年で四人とか、ニチアスという一企業でさえあるわけですから、石綿で死亡されて労災認定を受けた方ですね。ですから、さっきのようなお話は当たりません。これは、使用量とともに、ちょうどそれに合わせて、ふえもすれば、減ったときには減っているという傾向もあるんですが、同時に、もう一つ大事なのは、石綿の使用量がほとんどゼロに近づいてからでも、ずっと認定した死亡者の方がふえているということなんです。
その事実を踏まえた上で、二枚目を見ていただきたいと思うんです。これはニチアスの石綿疾患死亡者の方の勤続年数と、そして死亡者数です。これを見れば、明らかに勤続年数が短い方でも石綿によって中皮腫とかあるいは石綿がんで亡くなっておられる方が出ているし、勤続年数二十年を過ぎますと、ぐんとふえておるわけですね。三十五年を前後としてピークになっている。まさにこれは、静かな時限爆弾と言われていることがニチアスの百四十一名の方のこのデータによってもはっきり示されているということを見なきゃいけないと私は思うんです。だから、労災認定したすべてのデータをこのようにすれば、事態の深刻さというものは本当によくわかるんですよ。
ですから、副大臣、これは、内閣としてまずこういう基礎になるものをきちんとつくり上げる。なぜかといいますと、それは被害の実相、全体像をつかむということと同時に、今後の発生をどのように予防していくか、解体工事その他ですね、それから安全対策をどう進めるか、その対策を考える上でも、これは出発点なんですよ。ですから、これはまず内閣の責任においてやっていただきたい。副大臣に伺います。
○西副大臣 お答え申し上げます。
貴重なデータをちょうだいしたと思います。特に、この石綿疾患が三十年なり四十年という長期の潜伏期間を置いて発症するというふうに言われておりますが、このお一人お一人が、いつ、どの程度石綿に暴露したのかというのが、若干この生産量とそれからお亡くなりになった時間のタイムラグがどうなっているのかということは、大変重要な問題を提起しているなというふうに思って、拝見させていただきました。
御指摘のとおり、これからきちっと科学的な知見もそろえないと対策にはなりませんので、できるだけの努力はさせていただきたいと存じます。
○吉井委員 実は、これはもちろんクボタにも言ってありまして、クボタもできていますからね。ですから、すべての企業に求めてつくらせることも大事ですし、同時に、ある資料ですから、それを整理して、対策というものをきちっと進めていけるように、まず出発点でやっていただきたいと思います。
次に、二〇〇二年四月に「わが国における悪性胸膜中皮腫死亡数の将来予測」というのが研究者の方から発表されておりますが、二〇〇〇年からの四十年間に約十万人。これは、九五%の信頼限界で見れば四万人から二十六万人の死亡ということで、もちろん、大きな数字となれば二十六万人ということになるんですが、大体十万人が妥当な数字であろうということで、十万人なんですね。ですから、過去十年の約五十倍、今後石綿による死亡者が出るという可能性があるわけですね。
ですから、アスベストの使用をやめてからも、今後三十年、五十年たってからの発症ということを考えることは大事だというのは、ニチアスのデータで出ているわけなんですが、ニチアスのデータ、百四十一人を見てみると、石綿製品製造工程での労災死亡は百人です。それから、研究所でも、研究員の方、二人ですね。営業マンも一人。工場内や客先での保温材取りつけ等、工事関係で二人、石綿吹きつけ作業で三十六人の方が亡くなっておられます。このほかに二十四人の方が療養中ですから、工事関係ということだけ見れば、死亡三十八人と療養中五人を合わせると、四十三人の方が被害を受けているわけです。
その多くはアスベストによるじん肺ということになっておりますが、逆に、これまでのじん肺で労災認定された人を洗い直して、石綿環境にあった人々を調べれば、実は石綿による労災と見られる人はさらに多くなるわけですね。
そこで、緊急に全国の労基署のデータとアスベスト関連企業や就業者の協力を得て、私の整理したようなものはもとよりですけれども、どういう職場環境の中でどうであったかということを含めて、まずアスベスト被害の実相を明らかにする、これをやっていくことが今必要だと思うんです。重ねて伺っておきます。
○青木政府参考人 先ほど御答弁申し上げましたように、個別の事業場に対して立入調査をするというふうに申し上げましたが、その中で、そういったことも含めて調査をすることといたしておりまして、そういった指示も既に発しております。
○吉井委員 それは大変すぐにやってもらいたいと思うんですけれども、個別の企業だけで済まないという問題を次に触れておきたいと思います。
個別の企業で言いますと、奈良県でニチアスの地元説明会ですね、ニチアスと下請含めて四百人の住民の方が参加しておられます。それから、クボタの神崎工場周辺でアスベスト被曝した人の話を地元スタッフが直接伺っておりますが、このクボタで、七十八人の労働者と、神崎工場周辺の三十四人の住民の方、合わせると百十二人と非常に大きなものになってくるんですね。
一方、少し視点を変えまして、実は大阪の泉州といえば繊維産地なんですが、ここはかつて、泉南市などは、副大臣、近いからよう知ってはるかと思うけれども、アスベストの零細企業が非常にたくさんあったところですね。これはマスコミでも以前紹介されましたが、あの周辺で、この間の経産省の中堅以上は十一社のデータ発表ですけれども、六十社ぐらいはあったわけですね。これは泉南市の民生部長さんがかつて議会でお話しされたのでは、一九七八年で二十八カ所あったというんですね。そこでつくったものが鉄鋼とか造船へ製品として流れていったんですが、あの円高不況の中で随分廃業が出たときには、男里川という川の上流の金熊寺川にアスベストが三百トン捨てられてしまったりとか、いろいろな問題があったところです。
何しろ路地の奥にある零細工場なものですから、なかなかアスベストから働く人を守る対策は大変です。集じん機といっても形ばかりの集じん機で、それは外向きに出すわけですから、言ってみればアスベストの微細なちりを住宅地向けに噴き出すような環境にもあったわけです。
ですから、こういう点では、零細工場で働いてきた人とか、アスベスト関連の工場周辺、これは大小にかかわらずですね、学校、ビルなどの解体とか建設工事に当たってきた人とか、アスベスト環境に置かれている人の健康調査というものがまず緊急に必要だと思うんです。これをどのように進めていきますか。
○滝澤政府参考人 目下、地域の保健所等を通じまして個別の相談状況を収集しております。
また、それぞれ関係省庁におきましても、それぞれの切り口からの調査が実施されているわけで、全体にその調査の集計が、まだ情報収集という意味ではこれからでございます。その情報収集をした上、さらに専門家の科学的、専門的な助言をいただきながら、次のステップとしてどのようなことをすべきか、あるいはどのような調査が可能か等も含めて検討をしていくことになろうかと思います。
○吉井委員 健康相談もいいんですけれども、実態は相談だけの話じゃないんですね。健康診断にしても、手術にしても、抗がん剤の使用にしても、アスベストの被害者がすべて今負担しなければならないのが実態ですよ。国がアスベスト禁止を長く放置してきた間に、住民の間では被害が広がっているんです。まず、労働者と周辺住民の健康調査ですね、泉南とか阪南市のような例も含めてそれをやることが今緊急に必要なんです。
実は、その検診はやるということはかつて国会でも約束しているわけですから、私は健康調査の実施をまずやっていく必要があると思いますが、これは厚生労働省として取り組んでいかれますね。
○滝澤政府参考人 先ほどの答弁でも、関係省庁のそれぞれの切り口、視点でというふうに申し上げましたが、実際に、その周辺の住民も含めての個別調査も行われているやに、ちょっと私、不正確に申し上げるといけませんけれども、聞いておりますし、そういったことを相談、私の答弁は相談ということが中心になってしまいますけれども、ほかの省庁はほかの省庁で、ほかの切り口での、関係者も含めて、あるいは周辺も含めての個別調査もしているというふうに伺っておりますので、その辺の情報をあわせまして総合的に解析していく、それで、次のステップとして何が必要かということで、関係省庁が連携して相談して進めたいと思っております。
○吉井委員 何が必要かはもうはっきりしているのです、特に健康を害している人からすると。健康診断にしても、手術にしても、抗がん剤使用にしても、アスベストの被害者の方が医療費等をすべて負担しているのが実態です。
実は、これについては、一九七二年六月七日の委員会で、滝澤さんと同じ滝沢さんが、公衆衛生局長だった滝沢さんですが、「一般住民の検診について」、これはアスベストにかかわるがんの話なんですけれども、「一般住民の検診についてはわれわれのほうで考慮する必要がある、」ときちっと答弁しているのです。これは三十三年前に、当時の厚生省はきちんと、一般住民の検診をやると言っているのですよ。それが、相談はしますが後はわかりませんじゃ、全然話にならないわけですよ。
これは厚生省はちゃんとやりますね。前は公衆衛生局長が、厚生省の方が答えているのですが、厚生労働省という名前に変わったらあいまいにしちゃいかぬから、答えてください。
○滝澤政府参考人 先ほど、済みません、別の方の答弁で申し上げたように、健康調査をするにしても、その手法の問題が私なりにあると思っております。調査をして、それで、結構ですと、五年後に発症した、ということでは意味がありませんし、的確に効率よくきちっと調べられる手法ということも解決しなければいけません。
労働安全衛生の方もそれなりの従前からの蓄積もあるわけでございまして、そういったことを相互に話し合いながら、連携しながら、どういう仕組みが可能かという入り口論も整理する必要があると思っております。
○吉井委員 三十三年間、手法を研究してきたんじゃないのですか。「一般住民の検診についてはわれわれのほうで考慮する必要がある、」ということで答えてきているんですよ、三十三年前に、厚生省の公衆衛生局長の滝沢さんがね、局長が。だから、三十三年間、今おっしゃったような手法は、そんなのはわかり切った話ですよ。直ちに発症する場合、十年後に出る人とか、いろいろあるでしょう。しかし、それらの人々の健康障害について、これはきちんと検診しましょうということなんですから、相談したら済むというものじゃないのですよ。
これは、労働者には、認定の仕方に問題があっても、一応労災補償はありますね。元従業員でも健康管理手帳で医療費の補償がある場合もあるのです、全部あるわけじゃありませんが。しかし、周辺住民や労働者の家族で被害者になった人には医療費などの補償はないのですね。
だから、アスベスト被害を受けたときに、その検診さえお金の問題から心配しなきゃいけないんです。その三十三年間、手法は研究してきているわけだから、私は直ちに、この問題については、後の健康被害補償とかをどうするこうするは、これはまた、きょうは一回目ということですから、また次の機会ということにして、まず検診については三十三年前の約束どおりやっていくということを、最後は、副大臣、これは内閣としてその取り組みをやはりやっていく必要があると思うのですね。内閣としてどう検討するか、そこのところを伺うようにしたいと思います。
○滝澤政府参考人 アスベストとこの中皮腫の関係、非常に、職歴でありますとか家族歴でありますとか、そういう、ほかの病気と違いまして特性がございます。お一人お一人をレトロスペクティブにたどっていくという愚直なやり方が適切かもしれません。
ですから、そういうことも含めてきちっと考え方を整理しなきゃいかぬというふうに申し上げているわけでございます。
○吉井委員 時間が参りましたから終わります。
ただ、検診だけは三十三年前の約束をきっちりやっていただきたいと念を押して、質問を終わります。
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