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162国会 衆議院内閣委員会 2005年4月1日
長勢議員・・・長勢 甚遠・衆院議員
冬柴議員・・・冬柴 鐵三・衆院議員
○吉井委員 日本共産党の吉井英勝です。
この法案は既に2回廃案になっていますが、最初に法案を提出されてから5年たっているんですね。法案が通らなくても、国民的な問題が起きているわけでもないし、別段困る問題が起こっているわけでもありません。つまり、この法案は成立しなくても国民は何も困らないんですが、このことは、法案を推進しているのが国民的規模なのではなくて、一部の特定団体が推進していらっしゃるということを示していると思うんです。
そこで、2回廃案になったのになぜまたこれを出して通そうとお考えなのか、これを最初に伺います。
○長勢議員 若干誤解がおありなのではないかと思いますが、前回の審議におきましても御説明申し上げましたけれども、特定の団体とおっしゃいますけれども、相当広範な方々で国民運動が進められてまいりました。また、国会におきましても、当初提案いたしましたときには、衆議院、参議院それぞれにおいても、また全体においても、国会議員の過半数の方々がこの議員連盟に参加をしていただいて、この法案を提案しようということで運動を進めてきた次第であります。
したがいまして、いかにも一部の方々だけが言っておるというのは先生の誤解であると思いますし、昨今、あの法案はどうなったというお問い合わせもたくさん聞いておるわけでございまして、我々としては、相当広範な方々がこの昭和の日というものを大事にする記念日をつくるべきだという意見であるというふうに理解をいたしております。
2回廃案になったことは事実でございますが、平成12年、参議院で通過をしました。また、平成15年には当委員会で可決をしていただきました。廃案になりましたのは、国会の御案内のとおりのいろいろな過程の中で、この法案の内容とかかわりない形の中で廃案になったという経過でございますので、むしろ逆に、衆参ともそれぞれ可決された法案でございますから、我々としては、御理解をいただいておる、ぜひこれを成立させたい、こういう思いでありますので、本日御審議いただいておることを感謝申し上げますとともに、早急に成立に御理解を賜りますようにお願いを申し上げます。
○吉井委員 廃案になったのが政局絡みというお考えなんでしょうけれども、しかし、与党の皆さんからすると、重要法案という場合は、我々野党からしますとかなり無理押しでやっても、ちゃんとそういうときに通していらっしゃるわけですね。
だから、国民生活に何らかかわりなく、国民の間から特に要望が強く出ているというものでもない、確かに一部の推進議員連盟の方たちの意見はありますが。だから、国民の祝日と言うのならば、国民的な合意や形成がとりわけ重視されるべきだというふうに思うんですね。この点はどうお考えですか。
○長勢議員 この法律がなければ権利義務がどうなるとかあるいは予算がどうなるとかという意味において緊急性に欠けているというのはそのとおりでございますが、そういう法案はたくさんあるわけでございまして、だからといって、国民の皆さんが、大した法案でない、あるいは与党がそう思っておるというのは全くの誤解だろうと思います。
我々としては、日本のこれからの将来を考える大事な日をつくることは早急に行うべきであると思っておる次第であります。
○吉井委員 それでは、国民の祝日を決める選定基準、これについてはどうお考えですか。
○長勢議員 国民の祝日を決める選定基準につきましては、昭和23年、衆参両院の文化委員会においてそれぞれ議論されておりまして、そこでは、新憲法の精神に即応し、平和日本、文化日本建設に生かすつもりであることとか、あるいは新憲法の精神にのっとることなどと定められたものと承知をいたしておりますし、これが最も重要な点であると考えております。
○吉井委員 ちょうどその委員会で提案された小川半次さんという方が、私の京都の家から2、300メートルぐらい南へ下ったところの方で、昔から、子供のときからよく知っている方なんですが、今おっしゃったように、新憲法の趣旨に沿うべきことだ、国民大衆を挙げて容易に納得し、参加し得べきものということにありましたと、基準は明確なんですね。
今もおっしゃったように、その立場でとお考えなんですが、祝日法第1条で「国民こぞつて祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを「国民の祝日」と名づける。」と規定しています。
昭和の日と変えて、何を国民こぞって祝い、感謝し、記念しようとするのか。ここのところ、どうお考えですか。
○長勢議員 前国会でもその点、どなたかから御質問ございましたが、祝日は、祝う場合、また感謝する日あるいは記念する日というふうに解釈をされておるわけでございまして、昭和の日は、先ほど御説明いたしましたように、激動の時代を顧みて、これからの日本の進むべき姿について指針を酌み取る、こういう記念をする日だというふうに考えております。
○吉井委員 要するに、昭和をしのぶ日、記念する日というお話ですが、これは昭和天皇をしのぶ日ということではないんですか。
○冬柴議員 昭和という時代、63年続きましたけれども、2000年を超える我が国の悠久の歴史から顧みましても、大変な大激動の時代であったと思います。
戦争そして敗戦、破壊の中から復興、そして繁栄、そして世界でも第2位の経済的大国を築いた。これは、一貫して見られるのは、平和ということが、平和があったからそういうふうになるわけでありまして、私どもは、それぞれの心の中においてこのような激動した昭和というものを顧みて、国民が顧みて、そしてそれを将来の指針にしていこうという趣旨でありまして、昭和天皇をしのぶとかそういう趣旨じゃないことは、その説明、この昭和の日の由来、そこに書かれている文言から見ましても、そうは読み取れないのではないか、私はそのように思います。
○吉井委員 2000年の悠久の歴史という点からいきますと、私はもっと長いスタンスで歴史は見た方がいいと思っていまして、例えば上野原遺跡からだけでも1万年ですからね。もっと、歴史というのは、そういう長い目で見る方がいいと思っています。
「昭和の日」推進議員連盟の推進母体である「昭和の日」推進国民ネットワークは、ホームページでこのように書いていますね。呼びかけています。「4月29日にふさわしい祝日にしたい」として、「この日は、昭和天皇のお誕生日です。国民の心に、昭和天皇のお人柄をしたい、激動の昭和を忘れがたい気持ちがつよくあったために、祝日として残されました。ですから、昭和への思いを記念する祝日名と趣旨にあらためるのがもっともふさわしく、自然です。」これを見ると、昭和天皇の誕生日が先にありきということで、それは昭和天皇を慕うというものであって、昭和の時代というのはつけ足しということになってくるんじゃありませんか。
○冬柴議員 それはそうは読めないと思います。そういうふうに思う人もいるかもわかりません。しかし、天皇というのは、日本国憲法第1条でも、天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する国民の総意に基づく、このように第1条で憲法上うたわれているわけでありますから、天皇を慕う国民がいて、それが悪いということは絶対に言えないと私は思います。また、そうでない人もあっていいと思います。
しかしながら、昭和の日というのは、昭和を一番象徴するのは、63年それに在位された昭和天皇、そしてまた、戦後も天皇誕生日として4月29日は国民に親しまれて、長くここまで来たわけであります。したがいまして、昭和の日としてどの日がふさわしいかといえば、4月29日がふさわしい、そう考えるのが普通であろうと思います。決して、そうであるから天皇をしのぶ日であるということは言えないと私は思います。
○吉井委員 実は、この「昭和の日」推進国民ネットワークのホームページでは、みどりの日について正直に語っているんですね。「今のままで世代の交代がすすめば、この祝日の由来は忘れ去られてしまうでしょう。」それは、昭和天皇の誕生日が忘れられるということです。ですから、昭和天皇の誕生日が忘れられないようにするために昭和の日にしようというんじゃありませんか。
○長勢議員 ネットワークのホームページは私は存じ上げませんが、今冬柴先生から御答弁があったとおり我々としては考えておるわけでございます。
みどりの日につきましても、天皇誕生日を祝日として残すときにみどりの日になったという経過があることは事実でございますが、我々としては、昭和の日をつくるべきである、その際には、今冬柴先生から御答弁のあったように、4月29日が最もふさわしい。また一方で、みどりの日も祝日として残すことが適切であると思っておりまして、これを5月4日に、現在は法定休日でございますので、そこに祝日として移っていただくということでこの御提案を申し上げておるところでありますから、ひとつ誤解のないようにお願いをいたしたいと思います。
○吉井委員 「昭和の日」推進ネットが98年10に発足し、議員連盟は同年の4月の発足ですが、同ネットはホームページで、推進議連に、「国会への働きかけを通じて、「昭和の日」実現に取り組んでおります。」と書いておりまして、これは、両者相まって、こういう推進ネットの皆さんの思いで進めていらっしゃるということはここに読み取ることができると思います。
次に、私は、昭和というものについて、やはりどう認識するかということがかかわってくると思うんです。
昭和20年、1945年8月までの昭和前半の日本、この日本は、中国、朝鮮を初めアジア諸国への侵略戦争と植民地支配を行ってきた時代です。従軍慰安婦、陸軍731部隊の人体実験、南京大虐殺など、残虐非道の行為や戦争によって2000万のアジアの人々の命を奪ってきました。これは、明治憲法体制下で国の全統治権を総攬する昭和天皇のもとで進められたことでありました。
同時に、日本の国内でも、侵略戦争に反対した人々、自由と民主主義を主張した人々が、国体護持、つまり明治憲法で定められた絶対主義的天皇制を守るためとしてつくられた治安維持法などによって、残虐非道な拷問、迫害、殺りくによって命を奪われました。
治安維持法をさらに改悪しようという法案に反対する代議士がおりましたが、その代議士には国会質問をやめろと内務大臣などが脅迫を行ったり、質問原稿を書いているときに送り込まれた刺客の手で暗殺されたということまでありました。その犠牲者が、私と同じ京都の、郷土の大先輩であります、戦前の労農党の山本宣治代議士でした。
国民の民主主義を抑圧した暗黒時代というのは、国民の310万人の犠牲を出して終戦となりました。昭和にはそういう歴史が刻まれているということは、もちろん提案者は御存じのことと思いますが、伺っておきます。
○長勢議員 先生の御指摘のような理解でおられる方もたくさんおられる、まあ、それなりにおられるんだろうと思いますが、我々はその時代をそういうふうに認定するとかしないとかということをここで提案しておるわけではありませんで、いろいろな思い、いろいろな考え方、いろいろな理解があると思いますが、いずれにしても、日本が戦争に至り、そして悲惨な敗戦ということを経過した、そしてそれを越えてここまで復興してきたということは、大変な激動の時代でありました。
このことを、これからの時代に、同じようなことにこれからも我々は遭遇することを想定しなきゃなりません。この教訓を指針として学び取る、このことがこれからの日本にとって大事なことである、それを記念する日をつくるというのが我々の趣旨でありますので、よろしくお願いします。
○吉井委員 いろいろな説を唱える人がいるとかいないとか、そういう話じゃないんですね。実際、これは2000年5月9日の参議院でこの法案審議をされたときに、参考人の方たちの意見開陳の中にも出ておりますが、だれがどう言った、こう言ったということだけじゃなしに、昭和には、私が先ほど申し上げましたような歴史が刻まれているという、このことについて提案者は認識していらっしゃるかどうか、このことを伺っておきます。
○長勢議員 戦争に至る経過について、いろいろな事実があったことは承知をいたしておりますが、先生のお話は、それについての独自の先生の御見解を含めた話でございますので、それを承知しているかどうかと言われましても、事実としていろいろなことがあったことは承知をしております。
○吉井委員 だから、事実は認識しているというお話です。私の見解ということを今言っているわけじゃなしに、侵略戦争や植民地支配というのはかつては政府の方も認めたわけでありますし、そしてその中には、陸軍731部隊の人体実験の問題とか、これは事実の問題としてあるので、私が解釈を今言っているわけじゃありません。そして、労農党代議士の山本宣治代議士が暗殺されたというのも、これは事実なんですね。事実の問題を申し上げているわけです。
昭和の時代というのは、1946年の日本国憲法制定を境に、天皇主権の国から国民主権の国に変わりました。議会制民主主義が確立され、国の名前も大日本帝国から日本国に変わりました。戦前の侵略戦争と暗黒政治の反省に立って、国民主権、平和、民主主義の原則に立った現憲法が制定されました。
昭和の時代というのは、戦前と戦後で全然国の体制も何も違うんですね。戦前、昭和天皇は、国の全統治権を握る政治体制のもとで侵略戦争を進め、国の内外に未曾有の惨禍をもたらした最高責任者でした。そういう天皇誕生日を国民こぞって祝い、感謝し、記念するということは、これは憲法原則からも重大であります。
また、祝日法で先ほどお話しされた選定基準、新憲法の趣旨に沿うべきことというこの基準に照らしてみても、これは逸脱してくるんじゃありませんか。
○冬柴議員 新憲法は天皇を否定していないということは、先ほど私が憲法第1条を申し上げたところではっきりしているわけであります。
いずれにいたしましても、我々が昭和の日というものを国民の祝日に入れようという趣旨は、そのようないろいろな思い入れがあります。戦後の若い人たちはまた違う思いを持っているでしょう。オリンピックあるいは大阪万博、あるいは、今行われているのは平成ですけれども、そのようないろいろなものを刻んだ、また、戦争を思い起こし、ああいうことは今後一切してはならないという思いを持つ人もあるでしょう。そういう思いを思い起こす契機として、その1日、国民がこぞって昭和というものを顧みて、そして今後の日本の国はどうあるべきかということを考える日としたいという趣旨でありまして、戦争を称揚したり賛美したり、天皇をどうこうする、そういう狭い趣旨でやっていない、そういう提案をしているものではないということを申し上げておきたいと思います。
○吉井委員 ですから、昭和の時代というのは、戦前と戦後、全く違うものとして考えなきゃいけないわけです。
それで、戦前の昭和について、いろいろな思いがあるわけですから、それを祝い、感謝し、記念するということについては、それはそう簡単にいく話ではないわけで、やはり昭和の後半は国民主権の国ですし、祝日法というのは新憲法の趣旨に沿うべきことという選定基準を定めておりますので、その立場に立って考えるならば、こういう日は法定化すべきでないと思いますが、祝日法の理念についていろいろ過去に議論がありました。
例えば、みどりの日の制定経過について伺っておきたいんですが、昭和天皇が亡くなった後、4月29日を残すために、有識者から意見を聞いて、内閣提出の祝日法改正案が4月29日をみどりの日としたわけですね。有識者の中には、昭和の日という意見もあったわけですよ。しかし、政府としては、昭和の日という意見が仮に多数であったとしても、祝日法の建前からは、昭和天皇の誕生日を昭和の日として祝日にする法案は祝日法の趣旨から提出できなかったという、これがこの経過ではありませんか。
○長勢議員 この昭和の日は、お祝いをするとか感謝をするとかということよりは、記念をする日ということで御提案を申し上げておりますので、若干、先生、お祝いをするんだから、先生の歴史観からして昭和の前段をお祝いするのはおかしいという御主張のようでございますが、そういうふうに理解をされないようにひとつお願いをいたします。
それから、みどりの日につきましては、天皇誕生日であった日を祝日として残すということで議論があったと聞いておりますが、その際、昭和の日という案もあったやに聞いております。しかし、それが今先生おっしゃるような趣旨で外されたということではなくて、みどりの日の、今書かれております、自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ日をつくるべきだという考え方で、政府としてはその案に落ちついたというふうに理解をしております。
○吉井委員 これは要するに、祝日法の趣旨からして政府として出せるような法案ではなかったわけなんですよ。だから、みどりの日となっているわけです。もし政府として出せるようなものであれば、議員立法じゃなくて政府提案となるものなんです。
1948年7月3日に参議院議長あてに提出した参議院文化委員長の祝祭日の改正に関する調査報告書、これでは、これまでの祝祭日は宮廷中心の祝祭日であった、しかし今日では新憲法が公布され、主権が国民の手に移った以上、祝祭日もまた国民の祝祭日でなければならない、これは最も重要なことであるというふうに述べています。
こういう考え方に立った新憲法の趣旨に沿って、明治天皇の誕生日であった明治節、これは廃止したのではないんですか。1883年、明治6年の太政官布告には、孝明天皇祭とか神武天皇祭とか、天長節とあわせてあったわけですね。しかし、それは復活しない。それはやはり、こういう立場からやったのではないでしょうか。明治節が戦後排除された理由は一体何なのか、伺っておきたいと思います。
○長勢議員 昭和23年でございますか、当時、新しい憲法のもとで新たな意義づけを持った祝日をつくられたという経過の中で、明治節も文化の日に変わったものと思っております。
この昭和の日は、決して昭和天皇をしのぶという日ではありません。最前来申し上げておりますとおり、昭和の時代をみんなで顧みて、そしてこれからの将来に思いをいたすための日でございますし、特に、今後日本が平和な、豊かな国としていくためにはどうするかということをみんなでこの激動の時代を思い起こして考えていこうという、まさに新憲法の趣旨に沿ったものと思っております。
○吉井委員 明治節は排除したんですよね。それは、新憲法の趣旨に合わないということで文化の日としているんです。
今はみどりの日なんです。それを逆に昭和の日と、昭和天皇の誕生日を昭和の日にしようとしているんですから、これは全く話がおかしいものです。
当時、みどりの日の問題を担当した内閣の的場内政審議室長の国会答弁では、「昭和の日というふうに明言するようにという御意見もございました。けれども、例えば、明治天皇のお誕生日であったのは11月でございますけれども現在は文化の日になっている等々の祝日法の建前から考えまして、」ときちんと言っているんですね。
ですから、もともとこの孝明天皇祭とか神武天皇祭とか、そういうものは皆、戦後の祝祭日の中では排除されているわけですよ。当時の小渕官房長官も、同じ趣旨の答弁を89年2月14日の参議院内閣委員会で言っておられます。政府が言う祝日法の建前というのは、明治天皇の誕生日であった明治節などが皇室中心の祝祭日であったために、新憲法の精神から明治節が排除されたように、昭和の日としては設けることができなかった、これがあのときの議論だと思うんですが、どうなんですか。
○長勢議員 再三御答弁申し上げておりますように、4月29日は広く天皇誕生日として昭和を象徴する日として親しまれておるという趣旨で、4月29日を昭和の日とすることが適当であるということで御提案申し上げておるわけでございまして、先生の御議論のように、あたかも昭和天皇を記念する日をつくるんだというふうに御理解いただくのは迷惑でございます。
○吉井委員 いや、迷惑とかそういう話じゃなくて、もともと4月29日は昭和天皇の誕生日だというのは皆知っているわけですよ。それがあるから、今の新しい世代の人はそれも知らない人は多いんでしょうけれども、我々戦前に生まれて育った人間はよく知っているわけですよ。そういう4月29日は、だから昭和の日とはしないで、ちょうど明治節を、誕生日を文化の日としたように、みどりの日としているわけです。それをわざわざ昭和の日と変えるわけですよ。
昭和の時代を国民こぞって祝い、感謝し、記念するとしても、昭和の時代に対する国民の認識は、これは一様じゃありません。それはよかったと思う人も、いろいろな方、当たり前だと私も思うんですね。
例えば「日本人の中の昭和」という世論調査、これはNHK文化調査研究所が89年にやったものですが、戦前戦中の時代のイメージは、貧しい、戦い、自由のない時代というのが多いんですね、圧倒的に。終戦から1960年までは、貧しい、混乱、希望の持てる時代という。昭和の3大事件である太平洋戦争、原爆投下、戦後というのを挙げられるわけですね。
だから、昭和について国民の意識は多様なんですよ。別段、4月29日でなくても、12月8日の太平洋戦争の開戦の日であっても、8月6日や9日の原爆投下の日であっても、8月15日の終戦の日であっても、これはそれぞれに昭和を象徴する日であって、だから、多様な国民の認識を昭和天皇の誕生日は昭和を象徴する日と法律で決めること自体に、やはり無理があるというふうに考えなきゃならないんじゃないかと思うんですよ。
昭和をしのぶというのに昭和天皇の誕生日でなければならないということにはなりませんし、昭和に対する国民の思いはそれぞれなんですね。さらにあと10年、20年したら、恐らく、戦後派生まれの人でもずっと後の方の人ですね、平成の人になればなおですが、若い世代の皆さんから、昔、明治は遠くなりにけりという言葉がありましたが、昭和も明治も遠い話になってしまうんですね。
何が何でも天皇の誕生日を祝日にする立場だと、逆に言えば、今度は天皇の数だけ祝日にしないといけないということになってきます。さっき言いました孝明天皇祭、神武天皇祭があったように、継体の日があれば、聖徳太子の日があってもいいかもしれないというふうに、幾らでも、際限なく出てくるんですよ。
だから、もともと、昭和の日として国民こぞって祝い、感謝し、記念するということを求めること自体がやはり無理がある、そのように考えませんか。
○長勢議員 先ほど口が滑りまして、迷惑であると申し上げましたが、御無礼をいたしました。訂正をさせていただきます。先生と意見を異にするという趣旨でございますので、よろしくお願いします。
今のお話でございますが、昭和の時代については、それぞれの方々がいろいろな思いがあることは事実であろうと思います。それらを含めて、全体としての昭和を象徴するといいますか、わかりやすい日というのは、やはり広く親しまれてきた4月29日であろうということが我々の考え方でございまして、このことをぜひ御理解いただきたいと思います。
○吉井委員 我々の考え方ということで、そういうお考えの方の思いだということは今御答弁になられましたが、それでもって国民的にこれを祝日とすることについては、これはやはり無理な話で、私は、将来長く実施されるものであり、国民生活や感情と密接に結びつくものであるだけに、慎重な審議というものが必要なのであって、きょうの1時間ぐらいでこれを上げるというのは、これはとんでもないということを申し上げて、質問を終わります。
〈反対討論〉
○吉井委員 私は、日本共産党を代表して、国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案に反対する討論を行います。
反対の第1の理由は、さきの天皇の誕生日を昭和の日として国民の祝日とすることは、戦前の侵略戦争と暗黒政治の反省に立って打ち立てられた憲法の国民主権、平和、民主主義の原則を踏みにじるものだからであります。
提案理由では、昭和というこの時代を象徴する4月29日を、昭和を記念する昭和の日とするとしています。
しかし、さきの天皇は、みずからが国の全統治権を握る政治体制のもとで侵略戦争を推し進め、国の内外に未曾有の惨禍をもたらした最高責任者であります。この最高責任者の誕生日を国民こぞって祝い、感謝し、記念する国民の祝日とすることは、憲法の平和的、民主的原則を踏みにじるものであります。
反対の第2の理由は、新憲法のもとで定められた祝日法の理念に真っ向から反するものだからであります。
戦前、天皇は神聖にして侵すべからずとした体制のもと、祝祭日は、宮中行事、国家神道に結びついたものでした。戦後、新憲法が制定され、主権は国民に移り、祝祭日も宮中中心から国民の祝日と変わりました。
さきの天皇の誕生日を昭和の日とすることは、こうした祝日法の理念と歴史の流れに逆行するだけでなく、この時代に対する国民の多様な認識を無視し、国民が容易に納得し参加できる日という祝日の選定基準にも反する愚行と言わなければなりません。
反対の第3の理由は、国民の祝日は、国民生活や国民感情と密接につながり、将来長く実施されるものであり、慎重な法案審議が行われるべきものでありますが、その審議は極めて不十分だからであります。
参考人の意見聴取も行わず、わずか1時間の審議で採決を強行することは、国民の祝日という事柄からしても、また国会審議の形骸化を一層深めてしまうという点から見ても、極めて遺憾な事態であるということを指摘して、反対討論を終わります。
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