2005年4月

『昭和の日』法案/憲法の原則踏みにじる
0415アサリの原産地表示・安心のために正しく

0408食育基本法案で参考人質疑/食の安全対策について質問

0406月齢で線引根拠なし/全頭の検査求める

0401「昭和の日」法案可決/共産党反対 祝日法理念に反する/衆院内閣委


アサリの原産地表示・安心のために正しく

 吉井英勝衆院議員は、4月15日、内閣委員会で、食育基本法案にかかわり水産物の原産地表示について質問しました。
 日本国内で消費されるアサリ貝は、輸入が国産を上回っていて、その多くが北朝鮮産ですが、スーパーなどでは「北朝鮮産」と表示されているものはほとんど見かけられないことが社会問題となっています。最近では、九州の2つの業者が、北朝鮮から輸入したアサリを国産品として販売していました。
 吉井議員は、「正しく表示されていなければ、消費者は安心して食生活を送れない」と述べ、農水省による表示の実態調査の結果について質問しました。
 農水省・高橋直人審議官は、小売店で38商品、中間流通業者で30商品の不適正表示があったことを明らかにし、「調査は継続中で、適切な措置を講じていきたい」と答えました。
 アサリは、稚貝の段階で輸入し、国内の養殖場で生育させて国産品として販売されていたり、輸入品を国内で2〜3カ月「蓄養」し、それが国産品として売られていたりするものもあります。
 吉井議員は「消費者に国内の漁業者によってどれだけ安全が管理され、どれだけ国内で生育してきたかわかるようにするかが大事。稚貝の原産地、生育地や蓄養の場所などがわかるように表示すべきではないか」と求めました。
 高橋審議官は「最も生育期間が長い場所を原産地とするルールだが、最初の産地から最後の産地まで表示をすることは、現実としては難しい」と答弁しました。

 (2005.4.16赤旗)

会議録全文


食育基本法案で参考人質疑/食の安全対策について質問

 衆院内閣委員会は4月8日、健全な食生活や「食育」の推進などを法律で定める食育基本法について参考人質疑を行い、服部栄養専門学校の服部幸應理事長・校長、食の安全・監視市民委員会の水原博子事務局長、21世紀の水産を考える会の河井智康代表理事が意見陳述(要旨別項)しました。
 服部氏は、日本は世界で一番料理のできない子どもたちが育っていると指摘。小学校から「食育」に力を入れることなどを提起しました。
 水原氏は、学校給食法があっても「センター方式」になり目的が達成できていない例を挙げ、『食育』を(独自に)すでに実施しているところや学校へ農家に予算を回すほうがいい」との考えを示しました。
 河井氏は、法案が成立したあと、「食育推進会議」を設置し、委員を民間人から選出し、公開の場で議論できるようにするよう求めました。
 質疑で日本共産党の吉井英勝議員は、法案を実効性あるものにするため、具体的な取り組みを行わなければ、意味のない法律になると主張。食の安全対策などについて質問しました。
 水原氏は、BSE対策や輸入野菜の残留農薬など、「きちっと取り締まることが大事」「法をつくっても、あとの管理をしなければならない」と話しました。服部氏は、法律ができたあと「食育推進会議」で「消費者代表や農業生産者代表などが議論することができるようにしてほしい」とのべました。

(2005.4.9赤旗)

参考人陳述の要旨

会議録全文


月齢で線引根拠なし/全頭の検査求める

 吉井英勝議員は4月6日の内閣委員会で、食育基本法案にかかわり、BSE検査の対象を21カ月齢で線引きする科学的で合理的な根拠はあるのかと質問。農水省の高橋直人大臣官房審議官は、食品安全委員会答申案の中で批判的意見があったと答弁。吉井氏は異常プリオンが20カ月齢以下でも発見されていると指摘し、「多数決で食の安全が生み出されるものではない」「消費者の圧倒的多数は全頭検査を求めている」と主張しました。

(2005.4.7赤旗

会議録全文


「昭和の日」法案可決/共産党反対 祝日法理念に反する/衆院内閣委

 4月29日(昭和天皇誕生日)を「昭和の日」とする祝日法「改正」案が4月1日の衆院内閣委員会で自民、公明、民主各党の賛成多数で可決しました。日本共産党は反対しました。
 日本共産党の吉井英勝議員は、昭和天皇は戦前、侵略戦争を進め、国の内外に未曽有の惨禍をもたらした最高責任者だったと指摘。この人物の誕生日を「国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日」(祝日法第1条)とすることは、侵略戦争の反省に立った日本国憲法の国民主権、平和、民主主義の原則から逸脱するものであると主張しました。
 法案提出者の冬柴鉄三議員(公明)は「昭和を思い起こす日で、戦争を賛美したり、天皇をどうこうするという趣旨で提案するものではない」とのべ、長勢甚遠議員(自民)は「全体としての昭和を象徴するものとして、分かりやすいのが4月29日」と答弁しました。
 吉井氏は反対討論で、先の天皇の誕生日を「昭和の日」とすることは、祝日法の理念と歴史の流れに逆行するだけでなく、この時代に対する国民の多様な認識を無視し、国民が容易に納得し参加できる日という祝日の選定基準にも反する愚行だと批判しました。


解説
衆院委で可決の「昭和の日」/歴史の流れに逆行

 昭和天皇の誕生日4月29日を「昭和の日」とする祝日法「改正」案は、最初に法案が提出されてから5年がたち、これまでに2回廃案になっているものです。
 それは、侵略戦争を推し進め、国内外に未曽有の惨禍をもたらした最高責任者の誕生日を「国民こぞつて祝い、感謝し、又は記念」(祝日法第一条)することに拒絶感を抱く多くの国民の感情を反映したものでもあります。
 4月29日を「昭和の日」とすることで、天皇と結びついた“特別な日”として国民に銘記させようという企ては、侵略戦争と暗黒政治の反省の上に立った日本国憲法の国民主権、平和、民主主義の原則とあいいれません。
 1948年、戦前の宮中行事や国家神道と結びついた祝祭日は廃止されました。新憲法のもとで祝日法が制定されましたが、その提案理由のなかで祝日の選定基準は、「新憲法の趣旨に副(そ)うべきこと」「国民大衆をあげて容易に納得し、参加し得べきもの」としています。「昭和の日」はこの理念にも真っ向から反するものです。
 国民の祝日は、国民生活や国民感情と密接につながり、将来長く実施されるものであり、慎重な法案審議がおこなわれるべきです。ところが、参考人質疑もおこなわず、わずか1時間の審議で採決を強行する今回のようなやり方は、審議の形がい化という点からも到底許されるものではありません。
 (鮫島克)

発言内容全文

「昭和の日」法案/憲法の原則踏みにじる/侵略の歴史を祝わせるのか 

 昭和天皇の誕生日である4月29日を「昭和の日」とする与党議員提案の法案が、自民、公明、民主の賛成で衆院を通過(4月5日)、4月13日に参院内閣委員会に付託されました。最初に法案を提出してから5年がたち、過去2回廃案になっているものです。(村木博)

与党・民主賛成で衆院通過
 法案の提案理由では、昭和という「この時代を象徴する4月29日を、昭和を記念する『昭和の日』とする」としています。
祝日法にも反し
 しかし、昭和天皇は、アジアで2千万人、日本国民310万人の犠牲という未曽有の惨禍をもたらした侵略戦争を推し進めた最高責任者です。
 その人物の誕生日を「昭和の日」として国民の祝日にするのは、「国民の祝日に関する法律」(祝日法)の趣旨にも反するものです。
 祝日法は何よりも憲法の精神にのっとって祝日を定めることを強調しています。その第一条では「自由と平和を求めてやまない日本国民」が「こぞつて祝い、感謝し、又は記念する日」を国民の祝日にするとしています。
 この法律は1948年7月に公布・施行されています。当時の衆院本会議の提案・趣旨説明では、祝祭日が「国民主権と自由平等と永久平和とを標榜(ひょうぼう)」する憲法のもとで改訂の必要に迫られたとのべています。そして祝日の選定基準に(1)新憲法の趣旨にそったもの(2)国民大衆をあげて容易に納得し、参加できる―の2点をあげています。
 この理念にたって、明治天皇の誕生日だった「明治節」は廃止して文化の日(11月3日)に、皇室祭事である「新嘗(にいなめ)祭」(11月23日)も勤労感謝の日となるなど、「宮廷中心の祝祭日」の名称は否定されました。
 昭和天皇が死去した1989年、4月29日を「昭和の日」とする意見もありましたが、当時担当した内閣内政審議室長は、「明治天皇のお誕生日であったのは11月でございますけれども現在は文化の日になっている等々の祝日法の建前から考え」て、「みどりの日」にしたと答弁しています。
 推進派は「昭和を象徴する日」と主張しますが“国民大衆あげて容易に納得できる”日でしょうか。天皇死去の年の世論調査では「太平洋戦争」「原爆投下」「敗戦」が3大事件としてあがり、国民の認識は一様ではありません。昭和天皇誕生日を押しつけるのは国民感情にも合いません。

わずかな審議で
 「昭和の日」制定は憲法の国民主権、平和、民主主義の原則を踏みにじるものであり、靖国神社参拝、歴史教科書問題など、侵略戦争を肯定・美化する動きと軌を一にするものです。
 これほどの重要法案にもかかわらず、衆院内閣委員会の質問者はたった2人。「共産党から唯一の委員である吉井英勝氏が質問、反対討論と孤軍奮闘したが、審議はわずか1時間で終わった。本会議は討論もなくたった数分間」「2大政党化時代の一断面を見た思いがした」(「朝日」4月7日付夕刊)という状況でした。
 もう1人の質問者、民主党議員は「大変大きな意義ある法案」と賛成。法案が初めて提出された2000年当時民主党は反対の態度でした。それが03年には「常に歴史の教訓として想起する記念日が設定されることに対して、とくに反対する格別の理由はない」(枝野幸男政調会長=当時)と態度を転換。党内に反対議員もいるなかで当時の菅直人代表は「(次の)政権政党として、これをふまえた行動をお願いしたい」と説得しました。
 歴史問題でアジア諸国からいま厳しい目が注がれています。祝日法とその選定基準にも反し、歴史の流れに逆行する「昭和の日」法案を、このまま強行するなら禍根を残すことになります。

(2005.4.18赤旗)


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